江戸時代中期、上野(現群馬県)前橋藩は氾濫が頻発する利根川のせいでなかなか豊かになりませんでした。何と前橋城まで利根川に着々と削られている始末。そのせいもあって借金がかさんだ藩主・酒井忠恭は、他の実入りのよさそうな土地への引っ越しを狙い、姫路藩に目を付けます。幕府への工作が功を奏し、1749年に姫路転封が実現します。が、その頃の姫路は大規模な農民一揆が勃発して大荒れでした。さらに引っ越して早々、台風が度々姫路を直撃して甚大な被害を受けます。それらの対策のために借金はさらに膨らんでしまいました。
※ 読み:忠恭⇒ただずみ