「東に傾く姫路の城は、花のお江戸が恋しいか」。姫路城天守は完成当初から東南方向に傾いていました。天守を建造した大工の棟梁が、妻に天守の傾きを指摘され、自らの設計ミスを責めて天守から身投げした、という作り話が江戸時代に広まったくらいですから、かなり目立っていたのでしょう。実際の原因は設計ミスではなく、天守を支える心柱の礎石の地盤が沈下していたことでした。1956年から実施された昭和の大修理で、コンクリート基礎が導入されて傾きが解消。現在は真っ直ぐですのでご安心を。