明治の大修理で倒壊の危機を脱した松本城でしたが、時の経過と共にまた痛んできて、第二次大戦が終った頃にはボロボロに。しかし戦後の混乱が続く昭和25年、国宝保存事業第一号として本格的な解体修理が開始されます。このスピーディーな実現のきっかけとなったのが、占領軍の美術顧問チャールズ・F・ギャラガー。彼は4年前、県内文化財調査の一環として松本城を視察した上で、早急な解体修理を文部省(当時)に勧告していました。これで役人の重い腰があっさり上がったのですから、当時の占領軍の強者ぶりがうかがえます。