高知城の本丸と二の丸の間には屋根付きの橋が掛かっており、藩政時代は「橋廊下」と呼ばれ、現在は「詰門」と呼ばれています。あれ? と思われるのはもっともです。二階は橋ですが、一階に門があるのです。しかもこの門、文字通りの曲者で、真っ直ぐ抜けらないように中で曲がっており、入口と出口の位置が違います。一階の他の部分は塩蔵として使われ、二階は家老・中老の詰所としても使われていました。建築形式は櫓門とされています。で、二階の橋は二の丸と本丸の廊下門をつないでいます。うーん、ややこしい……。