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会津若松城
かつてそびえた七重天守

かつてそびえた七重天守

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豊臣秀吉の天下統一に尽力した功により、会津42万石(後に92万石まで拡大)を得た蒲生氏郷は、黒川城の大規模改修に着手し、鶴ヶ城と改称するのですが、その天守は何と七重だったと伝わっています。望楼型で、下見板張りの黒い外壁を持ち、瓦の所々が金箔で装飾され、いかにも豊臣の城といった派手なデザインだったようです。しかし1611年の大地震で傾いてしまい、その30年後に加藤明成によって白壁の五重天守に建て直されました。現在の天守は明成時代の天守の外観を鉄筋コンクリート造で復元したものです。

※ 読み:蒲生氏郷⇒がもううじさと

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