1602年に造営された初代天守は、大和郡山城から移築したものでした。当時の城域は現在の二の丸あたりまでで、天守の位置は現在の天守台より東でした。大坂夏の陣後、徳川秀忠によって城域が西に拡張され、この時に現在の天守台に二代目天守として伏見城の天守が移築されました。初代天守はというと、今度は淀城に移築されました。つまり元々は大和郡山城だった天守は二条城、淀城へと渡り歩く派目に。ちなみに二条城二代目天守、二条城初代天守だった淀城天守は共に落雷によって焼失し、現在は天守台があるのみです。