岡山の名君として誉れ高い池田光政(1609―1682)。彼は姫路城の築城で知られる池田輝政の孫に当たり、父・利隆から継いだのも姫路藩でした。しかし8歳でまだ幼少だからという理由で、当時はやや難ありだった鳥取藩に飛ばされました。それから時が経ち、24歳で遂に岡山藩に移封となりますが、その理由が先代から岡山藩を継いだ池田光仲(光政のいとこ)が3歳でまだ幼少だからというものでした。ちなみにかつて光政に替わって姫路藩主となったのが本田忠政で、その嫡男・忠刻の娘・勝姫は光政の正室です。